生い立ち編① 〜リボン7周年記念特別エピソード2〜
おはようございます。
富山県射水市小杉エリアを中心に、人と住まいを結ぶ不動産屋 株式会社リボンの米山勝規です(*^_^*)
昨日12月8日は弊社設立7周年ということで、お休みをいただきました(毎年この日はお休みです)。
その間にも、
中古住宅のお引き渡しが完了しました(富山市内)。
県外ご在住のご婦人の不動産。ご実家が富山であるということでした。ずいぶん長い間、人が住まいしていなかったにも関わらず、丁寧に管理をされていて状態がよい不動産でありました。その想いが伝わったのか、その家を利活用したいという若い方が現れ、結果として大切なご実家は更に長く重宝されることになりそうです。
またひとつこうやって、人と住まいのご縁と生まれ変わり(ribbon&reborn)に携わることができて光栄です。
さて、設立月ということで、この7年間を振り返るシリーズエピソード2。
そもそも、リボンが立ち上がる前にはいったい米山はどんなだったのか、というどうしようもないところからおさらいしてみます(何のテストにも出ませんが!)。
生い立ち
富山県砺波市にて、米山家の三人兄弟末っ子として生まれました。
姉がいて、兄がいて、僕がいます。
従兄弟たちも年上がほとんどで、特に母親の実家の従兄弟は四人姉妹で全部年上。
物心つく前から年上のお姉さんに育てられたような感じで、完全なる末っ子体質に加えて、女性に助けてもらえる特性が身につきました。
ところが、高校生になり、とある女性に理不尽に振られたことを契機に女性恐怖症に。
その反動からグレます笑
グレた矛先が、、、
「お勉強」というミラクル!
高校時代の青春を、女性恐怖症というバネで完全に勉強に注ぎ切ることができました。
結果、見事、早稲田大学理工学部に合格。
(注 本当に青春を注ぎ込んだ最大限)
そこから世界が開けたことを思えば、とある女性に感謝であります(当時とは考えが変わった)。
ただし、大学に入れた原因(内的要因)が女性恐怖症で「見返してやりたい」という怨念だけ(ある意味純粋な想い)だったためか、全くもってやりがいとか希望とかありませんでした。ほんとうに気持ちの悪い学生でした。
芯がないのにプライドだけ高くて、人と比べては落ち込んで、を繰り返すばかり。
ほんとうにどうしようもない人間で、大学時代はうだうだと遊んでいたようなものでして、唯一体得した誇れるスキルは「飲み会のセッティング」スキル。女性恐怖症を解消するために友人に連れて行かれた飲み会をきっかけに、積極的に飲み会というものを楽しんだのでした。
しかし、これまた社会人になってもとっても重要なスキルだったため、今となっては感謝しております。
ところが、大学3年生の終わりに、憧れの先輩が就職したことをきっかけに急に働きたくなりまして、学歴からしてど真ん中の電力会社をはじめ色々就活した結果、「どんなひとでも関わる可能性のある公共性の高い仕事をしたい」と思うようになり、結果として、公務員試験をいくつか受けることになります。
さて、その後米山青年はどうなっていくのか。
つづく。